鬼畜(1978)/★★★★★

”鬼畜”の所業にみる人間の弱さ
鬼畜 [DVD]
緒形拳の訃報を聞いて一番先に思いだしたのがこの作品。
それ以来見たい見たいと思い続けながらも、なかなか手が出せずにいたのですが、やっと見ることができました。
子供の悲しい話を見るのは気合いがいります。


愛人(小川真由美)に子供を3人も産ませて囲っていた町場の小さな印刷工場の社長(緒形拳)。
ちっともお金を入れないダンナにシビレを切らして印刷工場に子供3人をつれて乗り込んできます。
そこで本妻(岩下志麻)と愛人の口論から愛人が子供を置いて出て行ってしまいます。
困った社長は行き先を一生懸命探しますがどうしてもわからない。
残された子供につらく当たる本妻の岩下志麻
圧巻はご飯をいたずらした次男(1歳半)に半ば折檻で無理やりご飯を口に押し込むところ。
「こうでもしなけりゃ、判らないんだよ!」と泣く子供の口にご飯の塊をぐいぐい押しこむ。
恐いです。ヘタな恐怖映画の1000倍ぐらいこわい。
ただ、この奥さん子供ができなかったんですね。それがコンプレックスにもなっていた。
半分ダンナのせいにもしていたんでしょうが、そこにぞろぞろ子供が現れたものだから、やっかみ半分、悔しさ半分。
いろんな感情が混ざって幼児虐待の形で現れたんですね。

また、ダンナが気が弱くて、はっきりと止めることができない。
周りが見かねて仲に入る一幕もあったりします。

しかし、この下の子が下痢で弱っている事がわかって寝かせているところに、たまたまビニールのシートが被ってしまった出来事があったんです。このまま放置したら・・・と考える奥さんとちょうどその場面を見かけたダンナ。
お互いの心を見透かして悪い事をした気分になります。
この出来事を境にドラマは一気にサスペンス調へ。

数日後、それが現実に。
死因は「栄養失調による衰弱死」と判定されます。

今度は長女(4歳)を連れてデパートへ。今度は捨てようという企みです。
名前は言えるか?住所は言えるか?と念押ししながら子供を置き去りにしようと、おもちゃ売り場へ行きますが、こどももどこかおかしいと感じるらしく、父親から離れません。

2人は東京タワーに行きます。
望遠鏡を見ていると「あっお家が見える!」「うそ!うそつくんじゃない!」「だってみえるんだもん。ガッチャマンも」
父親は決心します。
「もう1回見てな。とーちゃんちょっと小便行ってくるからな」「うん。」
お金を入れて子供が望遠鏡を見始めた事を確かめて、一目散にエレベータに乗りこむ父親。
なかなか閉まらないエレベータのドアから、次女の姿が見えます。
その時、ふと次女が気がついて父親を見るんですね。でも何も言わない。
何が起きたのかわからないのか、諦めたのか。
嗚咽をこらえながらエレベータを降りる父親。
東京タワーの外に出て展望階を見上げた瞬間、イルミネーションが光ります。

そして残ったのは6歳の長男。
もう名前だって住所だって言えます。
もう置き去りは通用しない。

父親は何度か試みます。
最初は毒殺。でもうまくいきません。
次は崖からの投身自殺。
能登まで出かけて場所を探します。
泊りがけのちょっとした小旅行。
海を見たり、磯遊びをしたり。

その夜、父親は飲んだ勢いで自分の事を語り始めます。

「父ちゃんな、石版印刷では日本一の職人だ。
父ちゃんも親が早く死んで、あちこちたらい回しにされたんだ。
小学校の頃、自分だけ弁当がなくて、お昼は一人で外に出てた。あの光景は一生忘れられない。

また、印刷屋に丁稚奉公に上がった時な、初めて給料がもらえると思ってすごく楽しみにしてたんだ。
給料さえあれば、蕎麦でも何でも好きなものが買える。何カ月も前から楽しみにしてたんだ。
ところがなぁ、給料日になって父ちゃんだけ給料が出ないんだ。
父ちゃんを預けた小父さんがな、何年分もの給料を前借してたんだ。
その小父そのさんな、借金作って夜逃げしちゃったんだ。」

自分も同じような境遇にいたことを父親は語ります。

そして翌日。
だんだん情が移って父子らしくなってきた2人に、皮肉にも計画を実行するお膳立てが整ってしまいます。
果たして父親は計画を実行するのでしょうか?


ラストは松本清張らしく推理小説のような展開で、大泣きしてしまいました。

この気が弱く小心者なのに、大胆な事をしてしまう男を緒形拳が見事に演じています。
岩下志麻小川真由美の鬼気迫る演技もすごく、直接対決の迫力は半端じゃないです。

監督は「砂の器」でも松本清張を手掛けた野村芳太郎
状況カットというか、必ず地名や駅名、風景を入れ込んだ引きのカットが出るんですよね。

わが子を手に掛けるという”鬼畜”の所業とは、決して特別な人間だけがするのではなく、むしろ切羽詰まって追いつめられた弱い人間がするんだ。というメッセージは十分に伝わってきます。

あと、この映画を傑作たらしめている半分(いやそれ以上)の要因として芥川也寸志の音楽があります。
サーカスの音楽のようなコミカルなのにぐいと心をつかむ。そのインパクトは一度聴いたら忘れられません。

やはり、緒形拳の代表作といったらこれと「ナニワの金融道」ではないかと思う次第であります。