奇跡のリンゴ(2013)/★★★★★

奇跡のリンゴは奇跡の映画

ロングラン興行も終盤。さすがに劇場はガラガラで106席のシアターには私ともう1名だけ。ほとんど貸切状態です。
おかげで誰はばかることなく泣くことができて、よかったです。

無農薬リンゴの栽培に成功する話だから、ストーリー展開はみんな分かっています。
実際どんな苦労をしたのか?どうやって乗り越えたのか?
実話だけにあまり嘘臭くても白けてしまうし、話が暗すぎてもノレない。
意外と難しい題材だと思いますが、中村義洋監督は上手く描いていると感じました。


まず、1つ目は全体的に暗すぎずどこかユーモラスな感じに描いている事。
これは阿部サダヲの存在も大きいでしょう。
これにより見る側も深刻にならずに見続ける事が出来ました。
2つ目は物語を丁寧に伝えようとしている点。
最初にリンゴ栽培についての説明が出てくるのですが、実に分かりやすい。
そこから子供時代のエピソードが紹介されていくのですが、これもテンポよく主人公の性格を紹介するとともに後半への伏線になっています。
その他にも、東京に出稼ぎに出る話とか近所のキャバクラでバイトする場面など、リンゴ栽培以外の場面も多く描かれています。
ただし、丁寧すぎてやや冗長に感じる面もありますが。
3つ目は「絵」に多くの工夫を盛り込んでいる点
例えば序盤の改造したバイクが暴走してしまう場面。
思い切り引いた画面の左隅に煙が上がる面白い構成になっています。
また、実家に無農薬栽培をやめろと言われて母親(実母)に訴えかける場面もスリガラス越しに写しており、見せないことにより切なさが増しています。
農業の話なのでロケーションも大変だったと思いますが、本当に見たいものを見せてくれるのでストレスはありません。
リンゴに群がる大量の害虫もCGではないとの事。どうやって撮ったのでしょう。
子供のスケッチはアクセントになるだけでなく、物語の伏線にもなっている点も素晴らしいです。


出演陣も素晴らしく、初めて菅野美穂って良い役者だなと思いました。
両親が津軽出身だそうで、本当に津軽弁が板についている。
本作の菅野美穂のナレーションはもう1つの主人公と言ってもいいでしょう。
序盤のナレーションで「それが津軽の誇りだと教えられました」と流れた瞬間、なぜか泣きそうになりました。
ご飯を食べながらボロボロ泣く場面も胸に迫ります。(その後の街をさまよう場面はいらないけど)


そして、どうしても言っておきたいのが山崎努の鬼気迫る演技。
中盤の山場と言ってもいい場面で、これを境にそれまでのコメディ調から一転してシリアスな展開になっていきます。
この演技を劇場で見られたのは、後年私の自慢になるなと思いました。
それくらい、見ておいた方がよい演技だと思います。

阿部サダヲが良いのは分かっているのですが、逆にシリアスな表情が印象的です。
祭りのシーンでお面を欲しがらない長女を問い詰める場面が素晴らしい。
その前の消しゴムエピソードからの展開なのですが、リンゴ栽培でどんなに失敗してもへこたれない主人公が、どれほど娘に不自由をさせているか思い知ることにより、大事な笑顔が消える。それが却って妻や娘たちを恐がらせる結果になってしまいました。(想えば想うほど距離が遠くなる瞬間です)
主人公がただのリンゴ馬鹿ではない、人の子の親であることが胸に響く名演技になりました。
(ちなみに、この消しゴムエピソードが一番泣きました)


とても良い映画だと思いますが、いくつか不満もあります。
1つ目は丁寧すぎて少し長く感じます。129分なので決して長尺ではないものの、もう少し刈り込んでも良いかもしれません。
2つ目は上手くいきだす場面が少ないことです。苦労の部分が長いのは分かりますが、徐々に成功していく場面がもう少し欲しかった。
解決のヒントを掴んでからは一気にラストの感動場面に飛ぶ印象があって、もう少しバランスを取ってもいいんじゃないかと感じました。
3つ目は音楽。せっかく久石譲が参加したのだから1つくらい耳に残る旋律があってもいいのかなとは思います。


細かい注文はあるにせよ、久々に劇場で思い切り泣く体験が出来て、十分に満足する事が出来ました。
ありがとう。奇跡のリンゴ



ps.
初めて「風立ちぬ」の4分間の予告を見ました。
正直「ひこうき雲」には何の感慨もありませんが、たしかに「人間 宮崎駿 七十二歳の覚悟」が感じられました。
また劇場に来ることを誓いました。