悪人(2010)/★★★

原作に惚れ込みすぎて、楽しめませんでした
悪人 (特典DVD付2枚組) [Blu-ray]
たまたま手に取った原作がすごく良くて、録ってあったあったDVDを引っ張り出しての鑑賞。
うーん原作に惚れ込み過ぎたせいか随所に違和感がありました。


まず、原作はインタビューの合間に事実が明かされる構成になっています。
このままで十分映画的なんですが、なぜか映画になると時系列になっちゃってます。
警察の捜査が進むにつれて事実が明かされる展開はよかったのですが、ファーストカットは光代のインタビューで始まって欲しかったです。


2つ目は祐一は寡黙ではありますが、何も考えていないわけではありません。
ただそれを人に伝える気がない(必要がない)と感じているだけの人です。
これが映画になると本当にただの無口になってしまっています。
(表情だけで雄弁に語る映画と言えば、最近では『ドライブ』のライアン・ゴズリングを思い出します)


ちなみに人とつながる事を欲していない祐一が、あの事件を通して初めて「人に伝えたい」「人とつながりたい」と切望するようになった。
原作を読んで2番目に心震えた場面なんですが、ここが見事にカットされちゃいました。
金髪で前髪が長いので表情もよく見えないし、祐一の思いも伝わらない。
とても残念です。


3つ目は祐一と光代(深津絵里)は、少しづつ時間をかけて近づいていきますが、映画では光代の言葉に出会い系の女と勘違いして金を渡してすぐに別れてしまいます。
これはこれで成立してるとは思いますが、祐一のキャラ変わってないか?と違和感を感じました。


さらに、細かい話でいえば、妹に恋人がいる設定も違和感があります。
家に警察が来たと聞いて、あわてて戻ってきた祐一に気づき光代が飛び出す場面がありますが、原作では妹はトイレにいて気が付かないという描写になっています
(この間抜けさがすごくいいです)
さらにイカ料理を食べる店は光代が行きたかった店で、通された2階にはだれもいないことがきっかけで祐一が告白を始めるはずです。
それが2階に誰もいないカットが後に来るから、観ている側としては凄く唐突に感じるんですね。


そして最大の違和感はラストです。
原作では光代は犯罪共犯者から被害者に変わったことにより、周りからも労わられたし職場にも復帰できた事を語ります。
そして祐一に対しても「あの人は犯罪者だったから」と言います。
ココが原作を読んだ時の一番の衝撃で、なんと逃避行を誘った張本人が祐一の気持ちに気がつかず、本当に自分の首を絞めたのかもと思い始めているのです。
これは祐一の思い通りではありますが、何ともやりきれない気分にさせられます。


しかし映画版では「あの人は悪人なんですよね」という光代のセリフと夕日を眺める2人のアップに変えられています。
これでは2人の行く末にかすかに希望のようなものが感じられ、観賞後にさわやかな感動さえ与えています。


私としては、やはり原作どおりに心変わりする光代が見たかった。
男の深い思いも通じず、自首しようとしては引き留め、灯台への逃避行へと突き進む。買い出しに行けば警察に捕まり、逃げ出せば居場所を知らせる羽目になる。
バカな女だというのは簡単ですが、光代なりの愛情の表現だし決して悪意はありません。
一途に男を愛したが故の愚行であり、男の深い愛ゆえの行動でもあります。
この方がずっと切ない物語になったと思うのですがどうでしょう?


ちなみに、映画のすべてが悪いわけではありません。
満島ひかりは佳乃そのものだったし、祐一が佳乃の動画を繰り返し見ていたのも実際に映像で観ると衝撃です。
車から突き飛ばされる場面は鳥肌ものでしたし、祐一がつい手をかけてしまったのも理解できる描写になっています
(原作よりもずっと分かりやすくなっています)
ただし、樹木希林柄本明は明らかにウエイトが重過ぎです。
原作ではあくまでも祐一・光代・佳乃の関係を中心に周りの人間を描くスタイルなのに、この2人のエピソードが重くなってしまった分、主筋が薄くなった印象すらあります。


その中でなせ切ったのか問い正したいのが、母親が祐一を捨てた話。
原作では母親のいい加減さとともに祐一の辛抱強さと灯台に対する特別な思いがつづられます。
だから最後は灯台でなければならなかったのに、中途半端な描写になったために灯台の意味がなくなっています。。
ここはキチンと描いて欲しかった。
余貴美子をキャスティングしたのであれば、十分できたはず。とても残念です。


いろいろと文句を言いましたが、原作に囚われなければ十分楽しめる映画だとは思います。